象の鼻について

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象の鼻の歴史

横浜港発祥の地・象の鼻

現在、象の鼻パークと呼ばれている場所は、1854年3月31日、アメリカ合衆国のペリー提督が2度目の来日で初めて横浜に上陸した場所です。1859年、日米修好通商条約により横浜が5つの開港場の一つに指定されて以降、この地区は横浜で最初の本格的な波止場となり、諸外国との活発な貿易、交易の舞台となりました。「象の鼻」の名称は、時代と共に少しずつ形を変えてきた堤防の形状が、象の鼻に似ていたことに由来しています。

現在の象の鼻パークの堤防は、関東大震災でその大部分が沈んでしまった明治中期の堤防の形状を復元したものです。象の鼻パーク内には、こうした歴史を紹介する展示も各所に設けられています。

象の鼻テラス

新たな文化交易の拠点へ
象の鼻テラスへようこそ

象の鼻テラスが立地する象の鼻パークは、横浜港発祥の地を、横浜の歴史と未来をつなぐ象徴的な空間として整備したものです。開港から150年、港はいつも、文化と文化が出会う場所でした。そして港で生まれた文化の交易は、横浜の都市形成、創造的文化の源泉となってきました。こうした意味で、象の鼻パークは、まさに創造都市・横浜の原点といえます。

象の鼻テラスは、こうした伝統を踏まえ、「さまざまな人や文化が出会い、つながり、新たな文化を生み出す拠点」となることを目指しています。横浜の原点とつながり、世界最先端の芸術文化とつながり、横浜が誇る文化芸術活動とつながる。多彩な「つながり」から横浜の未来が見えてくるのです。

シンボル・オブジェ「時をかける象(ペリー)」

椿昇の制作する象の鼻テラスのシンボル。横浜の150年の歩みを見つめ続けてきた「時をかける象(ペリー)」が、これからの横浜と人類を力強く導く、対話と活力のシンボルとなります。

椿昇(つばき のぼる) / アーティスト

略歴: 1953年、京都市生まれ。京都市立芸術大美術専攻科修了。1993年のベネチア・ビエンナーレに出品。2001年の横浜トリエンナーレでは室井尚・横浜国立大教授(当時は助教授)と組み、巨大なバッタのバルーン「インセクト・ワールド、飛蝗(バッタ)」を発表。2005年4月から、京都造形芸術大空間演出デザイン学科教授。

子供たちの思いがつまったスツール

象の鼻カフェで使用するスツールは、横浜の子どもたちと、フィンランドから来たアーティスト、カティア・トゥキアイネンが共同制作しました。トゥキアイネンが下絵を描き子どもたちが絵筆を加えるというワークショップでできたスツールは、来場者の皆様に末永く使われることになります。子どもたちの未来へ向けての創造性と、遠い国から来たアーティストとの交流から生まれた思いの詰まったこの作品は、象の鼻テラスを構成する重要なアイテムの一つです。

Katja Tukiainen( カティア・トゥキアイネン) / アーティスト

略歴: 1969年、フィンランド・ポリ生まれ。現在ヘルシンキ在住。日本の漫画などに影響を受け、愛らしい少女を表情豊かに描き出す画風で活躍している。

企画構成: 武松幸治+E.P.A

協力: Artek

象の鼻テラス開館時間について

象の鼻テラス開館時間: 10:00-18:00(2010年4月1日から変更になりました。)
象の鼻カフェ営業時間: STAFF BLOGの象の鼻カフェ 今月の営業時間をご確認ください。

※開館日時は都合により変更する場合があります。

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